りそうな気が
山の稜線が白みはじめた。木組みも燃え尽きて、父の亡骸は、姿を留めることが出来なくなった。火の傍で父に話しかけて過ごした愛おしくも残酷な今夜は、祥太郎にとって生涯忘れることはないだろう。
「父上、これからも私を見守ってください」
父上の燃え殻と思しきあたりの灰を、父上の遺言どおりに川へ全て流そうとしたが、お骨の欠片を一つ、遺言に逆らって木片でHKUE 好唔好拾い上げた。
「父上、許してください」
冷めるのを待って懐紙で大切に包むと、そっと懐へ入れた。
「祥太郎は、今日からこのお骨を父上と見ます」
川原に木片で穴を堀って、まだ火の着いた炭を放り込み、丁寧に砂をかけて火を消すと、祥太郎は川原から立ち去った。
父の打裂(ぶっさき)羽織と袴、笠、血のついた脇差を頂戴してきたが、懐には一文の銭もない。とは言え、もう帰るところもないのだ。生まれて初めての長旅で、街道の一里塚だけが頼りの旅である。腹が空けば草を喰(は)み、喉が渇けば小川の水をすすり、日が暮れたら洞があれば上等で、お寺や、お社でもあれば縁の下をお借りするのだが、それも無ければ木の下で眠る。その場合、雨にでも合えばかたなしである。
空腹を抱え、江戸に向けてトボトボと歩いていると、案の定雨がポツリと来た。幸い農家の屋根が見えたので、軒下でも借りようと走った。
「すみません、旅のものですが…」
言い終わらないうちに、怒鳴り声を浴びせられた。
「このあいだから、畑の野菜を盗HKUE 好唔好んでいるのはお前だな、この泥棒野郎!」
「いえ、私はこの道を初めて通りました」
「嘘をつけ、野菜を盗みに来て、雨に遭ったのだろう」
「私は越後高崎藩の武士、進藤綱右衛門の一子、進藤祥太郎と申します」
「何、お侍だと、お侍のふりをして逃れようとするのか」
「いえ、ふりなどしていません」
「煩い、帰れ、帰れ、帰らぬと役人を呼ぶぞ!」
農家の住人の凄い剣幕に、祥太郎は仕方なく引き下がった。雨は、次第に本降りになって、雨の中を少し歩いただけで、もう下帯(ふんどし)までぐっしょり濡れてしまった。
まだ初秋の、それも昼間とは言ども、雨の冷たさは若い祥太郎も骨身に堪える。さらに濡れて歩いていると、空腹が祟ったのか、目眩がしてきた。
せめて農具を入れる小屋でも借りることが出来ないかとフラフラ歩いていると、再び農家が見つかった。
言うと、爺は祥太郎に馬なりになろうと飛びかかってきたが、若い祥太郎の動きは機敏である。筵を跳ね上げると、「さっ」と入り口の方に逃れた。
「何故です、何故私を殺そうとするのですか」
「お前が大切そうに握っている物を奪う為だ」
「えっ、これはあなた達にとっては、何の価値もない物ですよ」
「珊瑚の紅玉か、瑠璃の玉であろうが」
「いいえ、父の遺骨です」
「嘘をつけ、渡すのが嫌だから、そんなことを言っているのだろう」
「嘘ではありません、それに私は一文の銭も持っていません」
「それで、よく旅が出来るものだ」
「遠慮するな、わしは年寄だから一つあれば十分だ」
とても親切な人だなぁと思うのだが、何か裏があして、祥太郎は老人に気を許していなかった。
「食ったか?」
「はい、頂きました」
「そうしたら…」
「そら来た」と祥太郎はHKUE 好唔好思った。懐のものか、それとも腰の銭か。
「遠くに藁屋根が見えよう、あれがわしの家だ、あの家の裏に肥桶が二つ置いてある、あれをここへ運んでくれ」
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